大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)19969号 判決

原告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士

塚越豊

被告

長澤信敬

長澤和子

右両名訴訟代理人弁護士

村上徹

右訴訟復代理人弁護士

藤田吉信

主文

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載の建物の明渡しをし、かつ、各自、平成四年一二月一日から右明渡済みまで一か月一万七七〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文と同旨及び仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、原告が所有し、管理する都営住宅である。

2  被告らは、平成四年一二月一日以前から本件建物を占有している。

3  本件建物の平成四年一二月一日以降の相当使用料は、一か月一万七七〇〇円である。

4  よって、原告は、被告らに対し、本件建物の所有権に基づき、本件建物の明渡しを求めるとともに、不法行為による損害賠償請求として、それぞれ、平成四年一二月一日から本件建物明渡済みまで一か月一万七七〇〇円の割合による損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1(一)(1) 長澤ふじ(以下「訴外ふじ」という。)は、原告知事から、昭和四六年三月一日、東京都営住宅条例(以下「条例」という。)に基づき、期間の定めなく本件建物の使用を許可された。

(2) 訴外ふじは、平成四年一一月二八日、死亡した。

(二)(1) 被告長澤信敬(以下「被告信敬」という。)及び同長澤和子は、訴外ふじの子である。

(2) 被告らは、原告知事から、昭和四六年三月一日、訴外ふじの同居人として本件建物に居住することを許可された。

(3)ア 被告信敬は、昭和五七年一〇月、婚姻し、本件建物から転出した。

イ  その後、同被告は、昭和六一年九月ころ、訴外ふじの看護の必要もあって、妻及び長女とともに本件建物に戻り訴外ふじと同居した。

ウ  なお、同被告の妻は、その後、同被告と不仲になり、長女とともに他に転出した。

(4)ア 被告和子は、昭和六一年八月ころ、婚姻により本件建物から他に転出した。

イ  しかし、同被告は、平成二年ころ、離婚問題が生じまた訴外ふじの看護のため、やむなく本件建物に戻り、訴外ふじ及び被告信敬と同居した。

(5) したがって、被告らは、条例一四条の二に基づき、訴外ふじの使用権を承継したものである。

2 そうでないとしても、原告の本件明渡請求は、権利の濫用であって許されない。すなわち、

(一)(1) 被告らは、前記のとおり、本件建物の使用者である訴外ふじの一親等の血族であり、訴外ふじの死亡前から本件建物に居住していた。

(2) そして、被告信敬は、平成五年二月ころ、訴外ふじの除籍謄本及び住民票を持参して、原告住宅局管理部管理指導課を訪れ、使用権承継の許可申請手続きをしようとした。

(3) ところが、同課担当者は、被告らがいったん本件建物から転出しており、訴外ふじの世帯員ではないので許可の要件を欠いており受け付けられないとして、右申請の受理そのものを拒絶された上、三か月以内に退去する旨の誓約書に署名、捺印するよう求められた。

(4) 以上のように、原告は、不当かつ違法にも被告らの使用権承継の許可申請の受理そのものを拒絶しておきながら、被告らが右許可を受けていないとして、本件建物の明渡しを求めるのは、権利濫用以外の何ものでもない。

(二) さらに、

(1) 被告らは、再入居について、条例一五条の同居の許可申請をしていれば、同条一号に該当するものとして許可が与えられたはずである。

(2) そうすると、被告らは、条例一四条の二の二号に該当するものとして、使用権承継の許可が与えられるべき地位にあった。

(3) 以上のような事情と前記の転出、再入居の経緯からすると、必ずしも使用者に周知徹底されているとは考えられない再入居(再同居)の許可申請手続きが失念されていたとしても、なお、被告らは、条例一四条の二の三号の「特別の事情」があるものとして、使用権の承継が許可されるべき地位にあるというべきである。

(4) それなのに、原告が、右のような被告らの地位を無視し、使用権承継の許可申請そのものを拒絶して、その許可がないことを理由に明渡しを求めるのは、権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) (一)は認める。

(二)(1) (二)(1)、(2)は認める。

(2) (二)(3)のうち、被告信敬が昭和五七年一〇月八日本件建物から転出し、昭和六一年九月ころから再び本件建物に居住していることは認めるが、その余は知らない。

(3) (二)(4)のうち、被告和子が昭和六一年八月二〇日本件建物から転出し、平成四年一一月一九日ころから再び本件建物に居住していることは認めるが、その余は知らない。

2  抗弁2の主張は争う。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの使用権原の有無について判断する。

1(一)  訴外ふじが、原告知事から、昭和四六年三月一日、条例の規定に基づき本件建物の使用を期間の定めなく許可され、また、同人の子である被告信敬及び同和子も、同日、その同居人として本件建物に居住することを許可されたこと、そして、訴外ふじは平成四年一一月二八日死亡したことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  ところで、公営住宅法一八条(入居者の決定方法)、一六条(入居者の募集方法―原則として公募)、一条(公営住宅法の目的)、一七条(入居者の資格制限)及び二一条の二、三(収入超過者に対する措置等)等の諸規定を併せ考えると、公営住宅法の趣旨は、低額所得の住宅困窮者に、一般の賃貸借契約の場合に比して低廉な家賃の住宅を、公平に分配することにあると解するのが相当であるところ、仮に公営住宅に入居する資格のある者であっても相続による公営住宅の使用権の承継を認めると、入居を希望する者の数が入居可能な公営住宅の数を超えている限り、右規定に定める選考方法を無視する結果となり、住宅困窮者間の公平が保たれないことになる。したがって、公営住宅の使用権の相続による承継は認められないというべきである(最高裁判所平成二年(オ)第二七号同年一〇月一八日第一小法廷判決・民集四四巻七号一〇二一頁参照)。

したがって、被告らが、訴外ふじの本件建物の使用権を相続により承継したということはできない。

(三)(1)  もっとも、公営住宅の入居者の資格としては、同居し、又は同居しようとする親族があり、その親族の収入を含めた収入額が所定の基準内であることが必要である(公営住宅法一七条一、二号、公営住宅法施行令一条三号、五条)から、入居申請をする者は、自己の氏名だけではなく、同居予定者の人数・名前及びその収入も申告しなければならず(したがって、申請人に対する使用許可だけではなく、同居人として当該住宅を使用することの許可もされることになる。)、また、使用の許可を受けた後に、新たな者を同居させようとする場合には、その点についての許可が必要であり(条例一五条一号参照、その際には当然、その者の収入等が検討されることになろう。)、さらに、公営住宅の明渡しを請求すべき高額所得者に当たるか否かの判断に際しても、使用許可名義人だけではなく、同居者全員の収入をも考慮すべきものとされている(公営住宅法二一条の二第一項、二一条の三第一項、公営住宅法施行令一条三号、六条の二、六条の三)。(甲第一二、第一五号証、弁論の全趣旨)

以上の事実に鑑みれば、公営住宅における使用権の主体は、使用名義人のみではなく使用許可を受けた居住者全員であると解するのが相当である(なお、右見解によれば、条例一四条二の規定にいう「許可」とは、同居者に新たな権利を設定するという趣旨ではなく、要するに使用名義人―使用権者の代表者―変更、確認の手続きにすぎないと解することになる。)。

そうだとすると、被告らが、被告らは、昭和四六年三月一日、訴外ふじの同居人として本件建物を使用することを許可されたものであるから、その後、右使用権を喪失していない限り、本件建物を使用する権原があることを原告に主張することができるというべきである。

(2) しかし、被告らは、被告信敬が昭和五七年一〇月婚姻して本件建物から転出し、次いで、被告和子が昭和六一年八月ころ婚姻により本件建物から他に転出したことを自認するところである(なお、甲第一ないし第六号証、第八ないし第一一号証及び第一五号証によれば、被告信敬は、①昭和五七年一〇月八日東京都杉並区和泉に転居して、同月二六日婚姻し、②昭和六一年四月二三日東京都品川区に転居し、③昭和六一年五月三日再び①と同所に転居し、④昭和六一年九月一日本件建物に転入したこと、また、被告和子は、①昭和五三年一〇月一四日婚姻と同時に東京都品川区二葉へ、②昭和五四年七月三一日東京都大田区西蒲田へそれぞれ転居し、③昭和五六年九月三〇日再び①と同所に再入居し、④昭和五六年一〇月一七日本件建物に転入し、昭和五七年一二月二四日協議離婚し、⑤昭和五九年五月二六日婚姻と同時に東京都大田区中央へ、⑥昭和六〇年四月二〇日東京都大田区大森へ、⑦昭和六一年八月二〇日東京都品川区八潮へいずれも転居し、⑧平成四年八月三一日協議離婚して同年一一月一九日本件建物に転入したものであることが認められる。)。

そうすると、被告らが本件建物から他に転出したのは、本件建物の手狭さ等のため暫定的に別居していたものではなく、それぞれが成人して独立したものであると認められるから、被告らと原告との間の前示の趣旨での使用関係は、被告らそれぞれの任意の明渡しによって、終了したものと解さざるを得ない。

(3) なお、被告らがいずれも訴外ふじの死亡前である、被告信敬について昭和六一年九月ころから、被告和子について遅くとも平成四年一一月一九日から、本件建物において訴外ふじと同居していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

しかし、被告らは、右同居に際し、条例一五条一号所定の原告知事の許可を受けたことについては、何らの主張立証をしない(むしろ、弁論の全趣旨によれば、そのような手続きをとらなかったことが明らかである。)。

したがって、被告らがその再入居に際し、改めて前示趣旨での使用権を取得したものと解する余地はない。

2  次に、被告らは、原告の本件明渡し請求が権利の濫用として許されないと主張するけれども、前示のとおり被告らが再入居につき所定の手続きを経ず(公営住宅の使用関係について前示のように、使用名義人のみでなく使用許可を受けた居住者全員が公営住宅使用権の主体であると解する以上、たとえ、以前に同居人としての使用を許可された三親等内の親族であっても、いったん当該住宅から任意退去することによってその使用関係が終了した(右使用権を喪失した)以上、再度適法に同居する(使用権を取得する)には、条例一五条一号所定の許可申請手続を経ることが必須の要件であるというべきである。)、したがって、原告知事の本件建物使用の許可を受けていない同居人にすぎない以上、原告に対抗しうる使用権を有するとはいえないのであるから、その明渡しを求める原告の請求が権利の濫用にならないことは明らかである(条例一四条の二の許可の趣旨を前示のように解する限り、使用権を有しない被告らが使用名義の変更手続きをとることができないことは明らかであるから、原告が、被告らの承継許可申請を取り上げなかったことには何らの問題もない。)。

三  以上の次第で、原告の請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言は相当でないので付さないこととする。

(裁判官 赤塚信雄)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例